「話す」ことを目的に英語を学んでいる多くの人が頭を悩ませるのが文法です。コミュニケーションや会話の英語に対して、文法はその対極に位置する机の上のお勉強、みたいなイメージを持っている人もたくさんいます。特に日本は学校の英語教育が読解や文法に著しく偏っているため、そこで躓いた経験が苦手意識や抵抗感を生んでいるという方も多いでしょう。かくいう僕も文法中心の学習には昔から抵抗を感じている一人なので、お気持ちはよく分かります。
でも、事実は次の通りです。
学習の目的が会話であっても文法は極めて重要です。
「えー」と思う方もいるかもしれませんが、外国語で豊かで奥行きのある会話をしたければ、最終的に勝負を分けるのが語彙と文法であることは理解しておくべきです。大事なのは心だとか言う人もいますが、まさにその心と心をより深く通わせるために言語というものが存在しているのです。
とはいえ誤解を招かないために強調しておくと、僕が重要だと言っているのは「実際の会話における文法的正しさ」ではなくて、あくまで「語学学習において文法を疎かにしないこと」です。実際のコミュニケーションの話をすれば、文法が合ってるかどうかなんて気にせずにどんどん話すのが大事なのは言うまでもありません。特に日本人は「文法が間違ってないかどうか」「ちゃんと話せるかどうか」をやたら気にする人が多いですが、そもそもそこで悩むくらいの語学力しかない相手に対して、誰が「文法的正しさ」を期待するでしょう。逆の立場で考えればすぐに分かることです。
つまりまとめるとこういうことです。
- いざ本番になったら間違いを気にせずどんどん話す
- でも練習の段階では文法も決して疎かにしない
- 文法を理解してる方が会話の内容も豊かになる
これがコミュニケーション重視の語学学習者が、文法について押さえるべきポイントです。で、そういう「会話のためにこそ文法を学びたい」という皆さんのために、もう歴史的名著といっていいほどに素晴らしい本があるのでご紹介します。この本です。
文字通り「『話すため』の英文法」と銘打ってありますが、看板に偽り無しです。この本の性格と存在意義を理解していただくために、序文の一部を引用します。
本書は、これまでの文法書とは異なった目的と特徴を持っています。「異なった目的」とは「英語を話す」ということです。従来の文法書は、英語を読み、聴き取ることに重点が置かれてきました。(中略)
英語を話すために必要なのは、ネイティブの意識です。彼らが単語を使うとき、文を作るときどういった意識でそれを行っているのか、それを知りコピーする。それが英語を話し、そして彼らと同じ簡便なやり方で読み、聴きとるための要諦なのです。
(同書「本書の特徴・使い方」 p4 より)
つまりこの本が目指しているのは、英語のネイティブスピーカー(英語を母語として話す人)が言葉を選択したり理解したりする時の感覚を身につけることで、それこそが「話すための文法」だということです。従来の文法観を根本的にひっくり返すこの考え方、僕は圧倒的に共感です。
肝心の本の中身ですが、こちらももう革命的の一言です。「話すための英文法」と謳っていても、いざ中を開いてみたら他の文法書と殆ど変わらない、という例も多々存在しますが、この本は違います。具体的には以下の5点が特に素晴らしいです。
- いわゆる「文法用語」がほとんど出てこない
- 文法用語の代わりにイメージ(絵図)で説明している
- ネイティブスピーカーの「感覚」に焦点を当てている
- 例文がリアルかつ実用的で、しかも面白い
- 講義を聴くような感覚で「読み物」として楽しめる
参考までに基本動詞を解説したページを開いてみるとこんな感じです。
パッと見た印象で分かると思うのですが、従来の文法書にありがちな無味乾燥な感じが全くありません。必要なことだけが淡々と書かれたような文法書とは全然違いますし、単にデザインだけをカラフルにしているわけでもありません。もう少し拡大して、この見開きの左下にある動詞「have」の解説を見てみましょう。
学校では「持つ」という意味だと習う「have」という動詞ですが、この本によると、「持つ」という訳語は「have」の持つニュアンスや感覚の一部を表しているに過ぎません。「英語=日本語の意味」という一対一対応の訳語を載せる代わりに、ネイティブスピーカーがこの動詞を使う時の「感覚」をまずイラストで表し、それを解説する形で言葉による説明が付いています。これは他の項目においても同様で、文の作り方から「a」と「the」の区別、助動詞の使い方から過去や未来の表現に至るまで、あらゆる文法事項についてこういう説明の仕方です。この本、実は全体で700ページ近い大著なのですが、上に述べた5つのポイントが最後までブレることなく貫かれています。
ちなみに僕が寺子屋で語学学習を指導する際にも、必ず1人1冊購入して通読してもらっています。今「通読」と書いたのは、文字通りの意味で勉強と思わずに楽しく「読んで」もらうようにしているためです。暗記の対象として取り組むのでなく、まず英語や英文法に対する考え方を根本的に変えてくれる「読み物」として楽しむのが一番です。そうやって何度か繰り返し読んでいれば、自然と記憶や感覚にも定着してくるものです。
というわけで、英語をネイティブみたいに話したいけれど文法の勉強には抵抗がある、という全ての人は、騙されたと思ってこの本を手にとって開いてみてください。個人的には日本中の学校がこの本をテキストにしてくれれば、それだけで日本人の英語レベルは大きく変わるとさえ思っています。是非、一家に一冊はご用意を。皆で楽しく英語を身につけましょう。
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