突然ですが、僕は書店が大好きです。本も読書も好きなのですが、それと同じくらい書店という場所が大好きです。下手をすると僕は読書そのものより本というモノや書店という空間が好きなんじゃないかと思うこともあるくらい、好きです。そういうわけなので、大体どの国を訪れても気がつくと本屋さんを探しています。今回はメキシコ、ブラジル、パラグアイというラテンアメリカ地域の3カ国で本屋めぐりをしてきた結果として僕が感じていることを4つ、お伝えしたいと思います。最初の2つはポジティブな面で、あとの2つはネガティブな面です。どちらかというと後半の2つの方が重要です。
1、オシャレな書店が多い
まずはこれです。メキシコならGandhi(ガンディー)あるいはSotano(ソタノ)といった書店が有名で、そのどちらも店の作りがオシャレなのですが、中でも極め付けがPendulo(ペンドゥロ)というお店です。ここは書店&カフェ一体型のお店で、まるで映画のワンシーンのような素敵なデザインです。実は上の写真がまさにそのPenduloです。行ってみたくなるでしょう?メキシコ市に幾つか店舗がありますが、大体どこも同じくらいイケてます。ブラジルならSaraiva(サライヴァ)という書店が有名です。
2、ブックデザインがオシャレ
次はこれ。実は1の「書店がオシャレ」に見える理由というのは、ブックデザインのカラフルさの影響もあるんじゃないかと思っています。例えば僕の大好きなスペイン人作家サフォンの本のデザインがこちら(出版社はスペイン)。
コレクター欲をそそります。上の3冊はシリーズ物で、全ページが切なさで溢れかえっているような内容なのですが、その切なさと、あとは物語全体に漂う不思議な温かみを感じさせる陰鬱さが見事に表現されたデザインです。まあこんな調子で、カラフルで創造的なデザインの本がたくさん並んでいます。
ただ、ひとつ補足しておくと、僕がこうした海外の書店やブックデザインに感じる「オシャレ」という感覚は、自分自身が持っている日常性・非日常性の感覚に支えられているものだと思っています。つまり僕がここで使っている「オシャレ」という言葉の中身の大きな部分を占めるのは「自分自身の日常であまり目にしたことのない種類のデザインに対して感じる新鮮さと物珍しさ」だということです。例えば僕のブラジルの友人は僕が持っていた日本の文庫本を手にとって何度も「ステキ」と言っていました。きっと僕がラテンアメリカの本を見たときに感じる「オシャレ」と同じ種類の感覚だっただろうと思います。「オシャレ」というある意味でとてもザックリした言葉で僕の印象を表現していますが、その中身は「非日常性を感じさせてくれるデザイン」ということで大体説明できそうです。
3、そもそも書店の絶対数が少なすぎる
さて、ここからはネガティブな側面。ラテンアメリカは、とにかく本屋の数が少なすぎる!これは由々しきことです。実際の書店数を統計として知っているわけではないのですが、書店が「多いか少ないか」くらいは、意識して街を歩き回っていればある程度感覚的に掴めます。僕が知っているメキシコシティー、サンパウロ、アスンシオンの3都市は、それぞれ各国の首都あるいは首都クラスの街なので東京と比較しますが、例えば東京だと電車の駅に入っている書店だけでも相当な数ですし、コンビニでも冊数は少ないですが本は売っています。さらにリブロ、ジュンク堂、TSUTAYA(蔦屋書店)、三省堂、啓文堂等の大型チェーン店が各区域に存在しており、その上に各地域の読書界を支えてきたローカル書店が点在しています。これがラテンアメリカになると、「本屋行くならあのショッピングモール」だとか「あの駅を降りたところに本屋がある」だとか、「この街で本屋といえばあの辺り」的な感じになってしまうのです。繰り返しますが、僕は各国の書店数を統計として把握しているわけではありません。しかし街を歩いたりバスに乗ったり地下鉄に乗ったりして実際に各市内を回った中で、とにかく日本と比べた時の書店の少なさが気になったというのが紛れもない実感です。これ、実はとっても大きな問題です。なぜなら自分が生活している圏内に書店が少ない(あるいは存在しない)ということは、身体経験的に本と出会う機会が決定的に不足するということです。身体経験的な出会いとは、実際に本を「目にする」「手にする」「開いてみる」「嗅いでみる」経験や、あるいは圧倒的に本が並ぶ空間に身を置いて文字通り本に囲まれる体験だとか、そういう形での本との出会いのことです。この経験を日常的なものとして有しているかいないかで、本という存在に対する親近感そのものが決定的に変わってきます。これがないと、自分の周りの情報メディアは専らテレビやスマホ、あるいは周りの人間の会話等に限定されてしまいます。これがその人の世界観を著しく限定していく上、当人はその限界性そのものに対して無自覚になっていきます。その環境に慣れるからです。その上でさらに、次の問題があるのです。
4、そもそも本が高すぎる
ラテンアメリカ諸国において、はっきり言って本は贅沢品です。分かりやすく言うと、日本と比べて一般的な物価は大きく異なるのに対し、本の価格は日本と変わらないのです。つまり1500〜4000円くらいということです。ただし、日本の新書や文庫本にあたるタイプの規格はありません(ペーパーバックで小さいサイズの単行本は存在しますが、価格面では日本の文庫に比べても割高です)。それでいて各国の月の最低賃金を日本円に換算するとメキシコは約1万5000円(15年5月)、ブラジルが約3万円(15年7月)、パラグアイが約4万5ooo円(15年5月)です(意外とパラグアイの最低賃金が一番高くてびっくりですが、これは「賃金」の話であって、実際には仕事そのものがなくて貧困に喘いでいる人が多数存在することを付記しておきます)。どちらにしても、本の値段は月の最低賃金の1割にも達するということなのです。それでいてさらに本屋がそう近くにもないとなれば、まず本など買いません。ましてこのインターネットの時代です(電子書籍事情については調査していませんが、まず一般レベルに浸透している様子は少なくとも僕は見たことがありません)。結局、読書というのは一部の富裕層・インテリ層による営みになってしまっているのがラテンアメリカ社会の現状なのです。社会の構造として、読書界の扉が階級ピラミッド(経済的・社会的地位)の上位層にしか開かれていないように感じます。若者の読書離れが嘆かれているとはいえ、それでも読書大国日本で育ち、かつ現在は教育関係者でもある自分にとってみれば、これほど腹立たしいことはありません。愚民政策、ここに極まれりです。ふざけんじゃねえ、と言いたくなります。この現状を変える方法は、安価なタブレットと電子書籍による読書プロジェクトか、古本を配布するプロジェクトか、何が一番良いのか分かりませんが、とにかく読書人口を増やすことは国の基礎的な教育レベルの底上げにおいて不可欠だというのを、ラテンアメリカにいると肌でひしひしと感じます。
5、日本の書店事情
最後におまけとして、日本の書店事情について少し付記しておきます。統計によると、2014年5月1日現在の日本国内の書店数は13943軒だそうです。この数値は本部や営業所の他、外商のみの書店も含んだ統計となるため、いわゆる「店頭で本を売ってるお店」という意味での実質的な書店数は10800件前後でないかということです。ちなみにこの総書店数の13943という数字ですが、1999年には22296軒だったものが、16年の間にマイナス8353軒となった結果の数字です。つまり平均すると毎年522軒の本屋さんが日本国内から姿を消していっていることになるのです。このペースで減少が続くと、2022年には全国の書店数が1万軒を割ることになります。実質店舗数でいえば更に減ることになるでしょう。(※以上の情報の参考サイトはこちら)
これは決して面白い事態とは言えません。僕自身は紙の本に対するフェティシズムの強い人間ですが、かといって電子書籍を否定する気は毛頭ありません。むしろ帰国したら真っ先にKindleを買う気でいます(Kindle持ってたら海外生活絶対便利)。電子書籍、インターネット等の電子メディアの登場によって紙の本を手にする人間の絶対数に変化が生じることは時代の必然だと思います。しかしだからと言って、その数字がゼロに向かって減っていくことを僕は決して良しとしたくありません。
この2年間、僕は鳥取市で「寺子屋」という名の私塾を運営していましたが、そこには壁一面の大きな本棚があり、生徒達はその本棚を愛していました。日常的に壁一面の本によって圧倒され、「まだまだ知らない世界がたくさんある」という事実を言葉でなく体感として経験し続けたことは、きっと彼らの今後に何かポジティブな影響を残したものと信じていますし、実際にそれを口にしてくれる生徒も少なくありません。紙の本との出会いは大切です。
僕自身は今後も自分の研究所や寺子屋に海外の書籍を増やしていきたいですし、そうすることで訪れる生徒達がこの世界の広さと奥深さをますます体感してくれることを願っています。そして同時に、このラテンアメリカ世界における読書人口の増加に少しでも貢献できる道を、今後も自分なりに探っていきたいと思っています。ビバ読書。ビバ書店。ビバ書物。
というわけで最後の最後に、素敵な本を一冊紹介して終わります。
『本屋図鑑』という本です。島田さんという方がお一人で立ち上げて運営されている小さな出版社「夏葉社」の作品で、様々な切り口で全国47都道府県の個性的な本屋さんを紹介しています。この本に登場する全ての書店の風景は、写真でなく手書きのイラストで切り取られています。島田さんと、空犬さんという編集者さんと、得地直美さんというイラストレーターさんの御三方が、頭だけでなく手も足もたくさん動かして完成させた力作です。2013年7月刊行で、同書にも登場する大阪の本屋さんにて開催された出版記念イベントに僕も行ってきました。ブラジルから帰国した2,3日後だったので時差ボケもありましたが、それでも参加したいと思えるイベントでした。
ところでこの『本屋図鑑』の画像、読みたくなった本ブログ読者の方がすぐに購入できるようにAmazonのリンクを貼ろうかと一瞬思ったのですが、やめました。他でもないこの記事をここまで書いてきて、それをやったらおしまいですね。気になる方は是非書店を訪れてみてください。しかし日本の本屋も店頭で注文した本が届くまで未だに一週間も10日もかかるようじゃ、Amazonに頼りたくもなります。そのあたりはバランスが難しいですが、リアル書店とネット書店と電子書籍と、それぞれバランス良く使いながら文化の維持・成長にも関われたらいいですね。
以上、ラテンアメリカ書店事情(&日本の書店事情)でした。