困ったことになりました。
ロシアW杯グループリーグの全日程が終了し、決勝トーナメント進出の16チームが出揃ったわけですが、その組み合わせが問題です。下のトーナメント表(JFA公式サイトより)の左下のブロックです。
メキシコとブラジルという、日本を除けば最も個人的な繋がりが深い、いわば「身内」の国同士がいきなり対戦することになってしまいました。さらに日本がベルギーに勝って8強に進出した場合の対戦相手も、この試合の勝者となるのです。潰し合いに次ぐ潰し合いの流れです。心が引き裂かれる展開です。
日本はいわずもがな、母国です。この度のW杯については大会前から何だかんだと色々ありましたが、だからと言って「負けてしまえ」とは決して思いません。またこのW杯での結果が日本社会にもたらし得る前向きな影響の可能性について想像を巡らすと、やはり出来る限り勝ち進めるに越したことはありません。まして今回の代表メンバーには個人的に親しい選手も名を連ねているので、いっそう応援しないわけにはいきません。
メキシコもまた、僕にとっては第2の母国です。学生時代、国費留学という形でお世話になったメキシコには、そもそも個人的な大恩があります。その上、この留学中に現地で知り合った僕の妻は日本の生まれ育ちながらメキシコの血を引くいわゆるハーフで、それゆえ我々の息子も同じくメキシコの血を引くいわゆるクオーターです。僕自身にメキシコの血が流れているわけではありませんが、こうなると感覚の上ではもはや似たようなものですし、他にも血の繋がりはなくとも、紛れもなく僕にとって家族である人々、兄弟や姉妹である人々が沢山いる国です。そんなメキシコに僕はかれこれ8年近く戻っていませんが、この時間や距離の中にあっても僕ら夫婦と彼の国とを繋いでくれていた存在が、サッカーメキシコ代表なのです。日本のテレビ番組でメキシコが取り上げられる時にも嬉しさや懐かしさを感じることは多いのですが、このW杯で沸き起こってくる感覚というのはそれらの番組を観る時の感覚ともやはり全く違っていて、やはりそこには画面越しに「遠くから眺めて想う」という距離や時間を前提にした感覚と、逆に画面越しであろうが何であろうがその時いる場所に関係なく「一緒に同じ方向を目指せる」というスポーツ観戦ならではの感覚との違いがあるのかなと感じます。更に言えば2010年、僕も妻もメキシコで暮らしていたまさにそのタイミングでW杯が開催されていたこともあり、そもそも我々夫婦のメキシコ時代の思い出そのものが多かれ少なかれW杯の記憶と共にあるという事情も、サッカーメキシコ代表への愛着を支えているかもしれません。いずれにせよ、もう何年もの間「遠きに在りて想うもの」状態となってしまっている「もうひとつの故郷」に対して、たとえ瞬間的なものであっても「今ここに在る」ものとして帰属感や一体感を感じさせてくれるサッカーの存在、メキシコ代表の存在は、我々夫婦にとって掛け替えのないものなのです。この感覚、一種のお安いナショナリズムに酔っているという見方もできるかもしれませんが、実際の感覚としてはもう少しリアルで切実です。「帰属感」や「一体感」と書きましたが、それは国家としてのメキシコに対するものというよりは、かつて「メキシコ」という時空間の中で出会い、「メキシコ」という存在を通して繋がり、そこで人生のある時期を共に生きた大切な人達との個人的な繋がりの感覚が呼び起こされ、「彼ら彼女らと繋がっている」ことへの安心感や幸福感を回復させてくれる、つまり「メキシコという繋がり」への帰属感や一体感のようなものなのです。そんな僕らにとって大切なメキシコ代表チームと、彼らを応援する人々が積み重ねてきた悲願こそが「W杯16強の壁を突破する」ことである以上、やはり自然と僕や妻の想いもそこに乗せられていくことになります。僕らがこの物語に加わった2010年以降だけで見ても、メキシコで観戦した同年の大会はアルゼンチンに敗れ(判定にも泣かされた)、2014年大会はオランダに敗れ(終了間際のダイブでPKを取られた)、そして迎えた今大会ということになります。毎回16強でいきなり優勝候補の一角と当たってしまう悲運もこの物語の悲劇性を更に大きくしています。今回は初戦でドイツを破る大金星を挙げましたが、実は2010年にもグループリーグでは強豪フランスを見事粉砕しています。そうして否が応でもボルテージが高まったところで絶望の淵に叩き落される、それがこれまでのメキシコ代表のW杯だったわけです。そんな中で迎える今大会、決勝トーナメント1回戦、対戦相手はまたも優勝候補、サッカー王国ブラジルです。そしてこのブラジルが、僕にとって、また我々家族にとって「第3の故郷」と呼ぶべき国なのです。
そのブラジルとの本格的な出会いは、2010年にメキシコ留学から帰国した翌年、まさにサッカーがきっかけで僕の人生に降ってきました。2011年6月、ブラジルの古豪サントスFCが実に48年ぶりに南米王者に輝いたことがきっかけです。このニュースが僕の目に留まり、弱冠19歳ながらエースとしてチームを牽引していたネイマールの存在を知ったのです。そして何の気なしに興味の向くまま、彼のプレー動画をYouTubeで観た瞬間に、僕のその後の人生の方向が事実上決定付けられました。彼のプレーぶりに圧倒的なインスピレーション(あるいは刺激と衝撃)を受けた僕は、当時かなり迷っていた大学卒業後の進路を迷うことなくブラジル移住に定め、行動を開始することになりました。その後紆余曲折あって本格移住には至らなかったのですが、大学を卒業した2012年以降、僕は日本とブラジルの間を行き来する人生を送ることになります。その中でサントスFCのスタッフとなる機会にも恵まれ、更にその時の繋がりがきっかけで、最終的にネイマールによる社会貢献プロジェクト「Instituto Neymar Jr.」の一員となることができました。その結果、ネイマール本人と知り合うだけでなく、お父さんをはじめとする彼の家族・親戚や幼馴染・親友達、また日頃から彼をサポートするスタッフの人達など、彼の周囲の人達とも親しく付き合うようになりました。皆いい人ばかりで、彼らから多くのことを学んでいます。またそれだけでなく、一連の「ネイマールをめぐる冒険」とも言うべき道のりの中で、ネイマール関係以外でも現地に素晴らしい友人がたくさんできましたし、日本国内においても新たな出会いがたくさんありました。またブラジルとの行き来を続けた背景には、ネイマールやサッカーとの縁だけではなく、当時うつ状態で苦しんでいた妻にとって最も居心地の良さそうな国だったからというのも大きな理由として在ったのですが、結果的にその判断も正解で、ブラジルで出会った愛情深い人達と過ごす時間の中で、妻も前を向いていくきっかけを得ることができました。その結果として子を授かることにも精神的な準備が整い、その翌年に長男が誕生しました。そういう意味でも、特に結婚してからの我々夫婦にとって、ブラジルというのは本当にかけがえのない国ですし、中でもネイマールとそのファミリーの皆さんは、単に仲間であるだけでなく、人生の大恩人でもあります。ですからやはり、ネイマール青年には、是非とも今大会で彼に相応しいタイトル、すなわちW杯優勝という栄冠を勝ち取って欲しいと切に願っています。そして世界一のサッカー選手への階段を一気に駆け上がって欲しいと思っています。
そう思っているのに、よりにもよって悲願の8強入りを懸けて戦うメキシコ代表と、この決勝トーナメント1回戦で当たるなんて、よしてくれ!!!
よしてくれーーー!!!
せめて8強以上で当たればいいじゃないかと、しかもそのメキシコ対ブラジルの勝者の相手は日本対ベルギー戦の勝者じゃないかと、日本までここに絡んでくるのかと、勘弁してくれと、叶うならそれぞれトーナメントの別の山に散らばって、互いに勝ち進んで遂にベスト4で出会うみたいな夢を見させてくれと。
まあ、それもこれも、グループリーグでのそれぞれの戦いの結果なので実のところ何も言えませんが、ここ数日、非常に複雑な心境です。あまりにも感じることが多くて、思わず4ヶ月ぶりにブログを更新してしまいました。思いの丈を吐き出せるブログの存在は有難いですね。
それにしても心が引き裂かれる展開です。あ、今ふと「Broken Heart」を意味するスペイン語の名曲『Corazón Partío』のことを思い出したので、曲のPVを貼っておきます。いい曲ですので、是非。
というわけで、決勝トーナメントのこのブロックに関しては、2回戦も含め3試合中2試合で失意を避けられないことが決まっているわけですが、それでも日本・メキシコ・ブラジルという、僕にとって大切で特別な3カ国のチームと選手達を、全力で祈りながら応援したいと想います。全チームとも全力を出し尽くすような、大会屈指の好ゲームばかりとなることを期待します。