初心者にオススメのポルトガル語学習方法【前編】

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先日、読者の方から以下の相談を受けました。

「全くの初心者がポルトガル語の学習を始める場合、まず何をすればいいですか?」

今回はこの問いに対して僕なりにお答えしようと思います。


【二つの前提】

いきなり質問に回答する前に、まず二つの前提を確認しておきます。

前提1:「初心者」にも種類がある

「初心者」という言葉ですが、これは「ポルトガル語以外の言語(英語など)を少なくとも一つ以上習得しているポルトガル語初心者」と「母語(日本語)以外全く話せないポルトガル語初心者」とでは少々前提が異なってきます。特にポルトガル語と同じ欧州系の言語でいわゆる「ABC」のアルファベットを使う言語(例:英語)を一つ以上マスターしている方は、ポルトガル語習得において大変有利な条件を得ていることになります。その場合の多少特殊な学習方法というのもあるのですが、本記事においては、他の言語を習得しているかいないかに関係なく、「ある程度誰にでも一般的に言えること」に絞って回答します。

前提2:期限の問題

二つ目。初心者が何をすればいいかというのは、「いつまでにどの程度習得する必要があるか」という期限の問題によっても変わってきます。例えば「半年後から仕事でブラジルに移って数年滞在する」という方で、かつ「英語が通じない現地スタッフや現地クライアントに対応しなければならない」という方なら、半年という短い間に相当の密度で学習し、一定のレベルに達さなければいけません。そういう方にはそれ相応の多少ハードで「力技」的なプログラムを用意することになりますが、これについても今回の記事では「特にいつまでという差し迫った期限は抱えていないが、できる範囲でなるべくはやく習得したい」という方をイメージして回答します。


【本題:ポルトガル語初心者がまずすべきこと】

というわけで、ここからが本題です。実のところ、何もポルトガル語に限った話ではなく、「ある言語の初心者がその言語の習得を目指す場合に最初にすべきこと」として一般的に言える(と僕が考えている)ことがあります。それは一言で言えば、「土を作る」ということです。


「土を作る」とは?

「土を作る」というのは僕が独自に使っている表現なので、少し説明が必要かと思います。実は僕は外国語の習得を植物の栽培のような感覚で捉えていて、畑に各言語毎の区画を作って「〇〇語」という看板をそれぞれ立てて、そこで各言語の能力を植物あるいは作物のように育てて伸ばしていくようなイメージを持っています(もっと個人的な話をすると、自分の実家の裏庭の畑のイメージです)。「土を作る」というのは、このイメージに沿った表現です。別の表現を用いるなら、「下拵え」ということになります。

ここで、もうひとつ僕が参考にしている比喩を引用します。新約聖書「マタイの福音書」13章に出てくる、イエスの言葉です。

「種を蒔く人が種蒔きに出かけた。蒔いているとき、道ばたに落ちた種があった。すると鳥が来て食べてしまった。また、別の種が土の薄い岩地に落ちた。土が深くなかったので、すぐに芽を出した。しかし、日が上ると、焼けて、根がないために枯れてしまった。また、別の種はいばらの中に落ちたが、いばらが伸びて、ふさいでしまった。別の種は良い地に落ちて、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結んだ。」

元々これはイエスという人が「神の言葉をちゃんと聴こう」というメッセージを当時の人々に伝えるために用いた例え話で、語学の話とは全く関係ないのですが、この比喩が伝える内容は、結果的に語学習得においても当てはまるように感じています。何となくでもイメージができたでしょうか。それではここから、この「土作り」のイメージについて更に詳しく解説します。


「土作り」のイメージを広げよう

この比喩においては「土」が「自分自身」、そこに蒔く「種」とやがて育つ「植物(花や木)」が「外国語の能力」を意味します。

ここで、外国語初心者の頭の状態をこの比喩に沿って表すなら、まだ地面が畑の土になっていない状態です。雑草だらけで石がたくさん転がっていてゴミも落ちていて、しかも地面は固い、そんな手付かずの土地のような状態です。この場合の「雑草」「石」「ゴミ」というのは、「母語(日本語)の癖や型」であるとか、苦手意識などの「負の思い込み」、あるいは勉強方法等に関する「先入観」を意味します。

一般に、赤ちゃん以外の人間が新たに言語を習得しようとする場合、「母語の知識と習慣」というのが障壁になることが多々あります。一度身についた母語の発音や文法の型が、新たな型の習得を邪魔するのです。逆に言えば、それを出来る限り取り除くことで、新たな言語を獲得しやすい状態を作ることができます。

また、新たに外国語を学ぼうとする人の殆どは「期待」と「不安」の両方を心に抱いています。「期待」というのはポジティブな感情だから問題ないのですが、「不安」については注意する必要があります。例えばこの「不安」の中には、外国語学習あるいは学習・勉強一般(学校の勉強等)における「過去の失敗体験」=「成功体験の不足・欠如」が含まれていることが多々あります。そういう方は、これから新たに取り組む外国語の学習についても、「過去にうまくいかなかった勉強」に似たイメージを既に抱いてしまっており、簡単に言えば「自分には無理なんじゃないか」という感情に支配されています。こうした過去の体験からくる「負の思い込み」や、学習方法についての「先入観」等も同様に出来る限り取り除かなければいけません。

その上で、同時に「土」そのものにも働きかけていく必要があります。外国語初心者の「土」というのは、多くの場合乾いて固くなっていて、いわば「カピカピ」です。つまり、「水」も「肥料」も全く与えられていない、極端に言えば「砂漠」のような状態です。既にお分かりかと思いますが、この「水」と「肥料」というのが「学習内容」を意味します。もっと言えば「水」というのが「言語そのものの情報(発音・単語・文法等)」で、「肥料」というのが「文化的な情報(その言語を話す国や社会に関する情報)」です。また、単に水や肥料を与えるだけでなく、土そのものを積極的に「耕す」ということが必要になります。これは「頭を柔らかくする」つまり「様々な方法で考える」ということです。

イメージできたでしょうか?以上を前提に、今度はもう少し具体的な解説をします。


「準備」の大切さ

「土作り」をキーワードに比喩を用いて解説してきましたが、「具体的に何をすればいいの?」と聞かずにいられない読者の方もおられるでしょう。それについてお答えすると、まず一番最初に大切なのは、ここまで書いてきた比喩をしっかり理解することそのものだというのが僕の回答です。というのも、学習の効果や成果というのは、単に時間や方法だけで決まるものでなく、学習観すなわち学習の捉え方と考え方によって大きく方向性が分かれてしまうものだからです。よって、まずは学習そのものに対してどういったイメージを持つかということ、これが大切なのです。要するに、いきなり机に向かったり、いきなり参考書を開いてみたって、ある種の「準備」が整っていなければ、殆どの人は長続きしません。テキスト等の教材準備や学習環境の準備も大切ですが、ここでお話しているのは「頭の準備」すなわち「考え方の準備」です。あるいは「姿勢の準備」と言ってもよいでしょう。

具体的な学習に入る前に、まず然るべき考え方・姿勢・世界観・学習観を準備すること。また、その準備にこだわること。

これこそが初心者がまずやるべきことです。この準備を称して「土作り」と表現しているわけですが、その中でも初心者にとって特に大切なのが「肥料」の部分です。


「肥料」の大切さ

外国語学習というのは、すなわち「外国語」というソフトウェアを自らの内にインストールする作業に他ならないわけですが、その際にインプットする情報には「言語情報」「文化情報」があるというのが僕の考え方です。前述したように前者を「水」、後者を「肥料」と僕は表現しています。すなわち「水」とは単語・文法・発音・表現などの「言語そのものの情報」で、「肥料」とはその言語を話す国や社会の文化にまつわる情報の他、諺や慣用句などその言語の考え方を反映した情報などを指します。

このうち、特に語学初心者にオススメしたいのが、「肥料」=「文化情報」を積極的に取り入れていくことです。これは、簡単に言えば目的としている外国語に対して「外堀を埋める」作業のことで、逆に言えばいきなり「本丸に突入しない」ということです。

もっと具体的に言いましょう。本記事の本題であるポルトガル語、もっと言えばブラジルポルトガル語を例にとって解説します。


ポルトガル語学習における「肥料」

当たり前の話ですが、ブラジルポルトガル語を学ぶということは、最終的にはブラジル人とコミュニケーションするということですね。ということは、ポルトガル語を学ぶこと以上にもっと大切なこととして、「ブラジル人を理解する」ということが必要になってきます。もちろんブラジル人と言っても千差万別、様々な人が存在することは前提として、それでもブラジルという国、ブラジルという社会、ブラジルという文化の中で育った人間というのが、一体どういう考え方・感じ方をするのか、どういう人生観のもとにどういう生き方をするのか、ということに関しては、ある程度学んで理解することができます。これからポルトガル語を学ぶという初心者の方には、何よりもまず、それをやって欲しいと思います。そのための最高の方法が何かと言われたら勿論「直接現地に行くこと」あるいは「ブラジル人と仲良くなること」なのですが、今回は「学習方法」についてお伝えするのが目的ですので、その話は省きます。

結論から言えば、初心者がポルトガル語の「土作り」をするための「肥料」になるのは、「本・雑誌」「映画」「音楽」「ネット情報」です。


肥料1:本・雑誌

本や雑誌を活用することは学習の基本ですが、語学参考書や語学テキストを急いで入手しても大抵の人はうまく使いこなせなくて続かないのが現実です。そこで、まずはポルトガル語そのものより、ブラジルについての本を楽しみながら色々読んで理解を深めることから始めてください。中でも雑誌(あるいは図録のような雑誌タイプの本)は、写真等のビジュアル資料も豊富で、飛ばし読みしたり好きな箇所から読んでも全く問題なく入っていけるので、取っ掛かりとしてはオススメです。以下、オススメの雑誌等をご紹介します。


TRANSIT(トランジット)25号  美しきブラジル (講談社 Mook(J))
講談社 (2014-06-27)
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ブラジル・カルチャー図鑑 ファッションから食文化までをめぐる旅
麻生雅人 山本綾子
スペースシャワーネットワーク
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おいしいブラジル (SPACE SHOWER BOOKs)
麻生 雅人
スペースシャワーネットワーク (2016-02-29)
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ひとまず4冊並べてみましたので、興味をそそられるものがあれば是非手に取ってみてください。せっかくなので、活字の本もご紹介しておきます。まず1冊目がこちらです。

ブラジル人の処世術 ジェイチーニョの秘密 (平凡社新書)
武田 千香
平凡社
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この本は、ブラジル社会およびブラジル人の特徴を表す最も象徴的なキーワードのひとつである「ジェイチーニョ」という概念に着目して、ブラジル人一般の考え方・生き方について紐解いていく一冊です。現地の社会学者による研究データ等も参照しながら、学術的視点と個人的体験を混ぜ合わせたスタイルで書かれており、ブラジル理解を大きく助けてくれる好著です。


ブラジル万華鏡 -南米大国の素顔と未来-
日下野 良武
熊本日日新聞社 (2015-07-27)
売り上げランキング: 1,071,005

この『ブラジル万華鏡』という本は、ブラジルに長年暮らした日本人著者によるエッセイ集です。肩の力を抜いて気軽に読める内容で、声を上げて笑ってしまうような面白いエピソードも登場します。ブラジルの人々や生活のリアルな様子を垣間見るにはオススメの一冊です。この著者は同書以前にも幾つかエッセイ集を刊行しているので、この本が気に入った方は他の著作も併せて読んでみてもよいかもしれません。


ちなみに、ここまでご紹介してきたのは全て「ブラジルについての直接的な紹介本」という括りのものになります。これらとは別にもうひとつ、「ブラジル人作家の手によるブラジルを舞台にした、あるいはブラジル人を主人公にした文学作品」を読むというのも、「ブラジル」を理解する上でオススメの方法の一つです。むしろ、より深いレベルでブラジルについて学ぶなら、実は一番オススメしたい方法です。日本は文学翻訳が盛んな国ですので、ブラジルの文学作品もそれなりに翻訳が出ています。本記事では具体的な作品の紹介は省きますが、興味を持った方は是非探して手に取ってみてください。

以上、ポルトガル語の土作りの肥料1、本・雑誌についてでした。


肥料2:映画

映画も、ポルトガル習得の効率を上げるための「土作り」における大切な「肥料」です。但し、これはブラジルに限らずラテンアメリカ映画全般について言えるのですが、現地で評価され日本にも広く紹介されるような映画作品の多くは、例えば我々の多くが抱く「陽気なラテン」のようなポジティブな側面、つまり光の部分を描くものよりも、「政治的腐敗」「教育の不足」「治安の悪さ」「絶望的格差社会」といったネガティブな側面、つまりラテン社会の闇の部分を描くものが多数派になります。以下にご紹介する2作品は、日本でも普通にDVDが売られているくらい有名な作品ですが、これらはまさにブラジルの「闇」を描いた作品達です。そして恐ろしいことに、いずれも現実をベースに作られた作品です。というわけで、こちら2作品です。ご興味ある方は是非。


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